会社情報

ご挨拶

Greeting

”笑顔創造企業を目指します”

代表取締役 及川 孝浩

「特別な事をするために普段通りの当たり前の事をする。」 イチロー選手の名言です。
食品が安全・安心なのは当たり前ですが、当たり前であり続けるのは結構特別な事だったりします。弊社は「普段通りの当たり前」を細かく検証し、レベルアップを目指して食品安全マネジメントシステムFSSC22000の認証を取得いたしました。高いレベルでの当たり前を継続し、お客様から信頼されるメーカーであり続けたいと思っております。

もちろん美味しさにもこだわります。”従業員がお金を出してでも買って食べたくなる商品なのか?”が商品開発の判断基準です。一番身近な消費者は従業員ですから、従業員が納得のできるクオリティーでなければ、お客様に支持してもらえるはずがありません。
安心できる品質の思わず笑ってしまう美味しさ、そんな商品づくりに愚直に取り組みます。

人は食べたものでできています。食べることは生きること。食べ方は生き方。
食を通じてお客様の笑顔を創る、それが弊社の最大のミッションです。

会社概要

Corporate Profile
社名株式会社 及新
所在地

本社工場 〒988-0451 宮城県本吉郡南三陸町歌津字管の浜40番地1
TEL 0226-36-9036 FAX 0226-36-9037
E-mail: info@oishin.jp

第2工場 〒988-0451 宮城県本吉郡南三陸町歌津字管の浜46番地

代表者代表取締役 及川 孝浩
事業内容水産食品製造業(若布、めかぶ、昆布、牡蠣、うに)
資本金1,000万円
創業大正15年
設立平成元年6月1日
従業員数役員3名 社員36名(令和2年9月現在)
国際認証

・2017年9月 FSSC22000認証取得
本社工場(若布、昆布、牡蠣)
第2工場(めかぶ)

・2018年8月 MSC/ASC CoC認証取得

取引銀行七十七銀行 志津川支店
仙台銀行 歌津支店
気仙沼信用金庫 津谷支店
商工中金 仙台支店
日本政策金融公庫 仙台支店
役職宮城県かき出荷協同組合連合会 専務理事
宮城県鮮かき卸協同組合 常務理事
南三陸冷凍水産物組合 専務理事
全漁連三陸わかめ買受人会 会員
南三陸商工会 理事

企業沿革

Corporate History
1926年4月(大正15年)及川新左衛門が東京・日本橋の海藻問屋から帰郷し及新商店を創業
1988年10月(昭和63年)鮮かき出荷を開始
1989年6月(平成元年)有限会社及新商店 設立
1996年3月(平成8年)第1冷蔵庫竣工
1998年3月(平成10年)第2工場(かき専用)竣工
2001年8月(平成13年)株式会社及新に組織変更
2011年3月(平成23年)東日本大震災の津波で本社工場、第2工場流失
2012年3月(平成24年)本社工場新築移転 3月4日に稼働開始
従来製品出荷再開及び新規にめかぶ製品出荷開始
2015年6月(平成27年)第2工場(めかぶ専用)竣工
2017年9月(平成29年)FSSC22000認証取得(本社工場・第2工場)
2018年8月(平成30年)MSC/ASC CoC認証取得

震災の記憶

Memory of the disaster

‐ 及新の看板 ‐

震災で見事に流失してしまい、残っていたのはコンクリートの基礎部分だけでした。お客様の住所録から家族の写真に至るまで、キレイさっぱり、何もありません。ただし、祖父母の位牌は父と母が持って逃げましたし、会社の通帳と印鑑は妻が持って逃げてくれました。ありがとう、あなたたちは偉い。

旧及新会社跡地
津波で流失した旧及新会社跡地

震災の数日後、ガソリンもなんとか確保できて、浜の被害の状況を確認するために車で行けるところまで行ってみようと思い立ちました。本社店舗から3kmほど離れた館浜という場所を通りがかったときです。乗っていた軽トラックのロゴマークで気づいた浜の人が、「及新さん、お宅の看板そごさあっつお(そこにあるよ)」と声を掛けてきました。見れば、流失した店舗内に飾っていた欅の看板です。
傷だらけで金箔もところどころ剥げていましたが、紛れもなく当店の看板です。
何にも無くなったのに、唯一残ったのが看板とは…。
これは商売をもう一度やれと言われているようなものです。創業者・及川新左衛門の意思を感じました。(及新の社名は創業者の名前が由来です。)その日から、避難所の体育館で新工場の図面を書き始めました。
今はきれいに修復して工場事務所の玄関に飾っています。

及新の看板

‐ 浮玉 ‐

本社事務所から外を見ると、稲荷神社の赤い鳥居が見えます。その鳥居に向かって右上に視線をずらすと、地上15m当たりの木の枝にぶら下がった黒い浮玉(写真赤丸のところ)。浮玉はプラスチックでできた丸い玉で、養殖ロープに結んで養殖物を浮かせたり、目印として使われる海面養殖漁具です。

本社前の稲荷神社
本社前の稲荷神社

何で上空に浮玉が?と強烈な違和感を覚えますが、東日本大震災の津波で流されてきた浮玉が木に引っ掛って取り残されたものだと説明すると、皆さん一様に驚かれます。現在の本社社屋がすっぽりと水没してしまう高さなんです。津波の高さが一目瞭然の、とても貴重な目印です。
毎年、地元の小学5年生の校外学習で工場見学を受け入れていますが、震災の記憶が薄い世代の子供たちに浮玉を指さすと、「エーッ!」と期待通りのリアクション。大丈夫、1000年に一度の津波が今度来るのは990年後くらいのはずだから、心配しないで。

本社前の稲荷神社の上から
稲荷神社の上から撮影

‐ 郵便ポスト ‐

震災の2年後、2013年に沖縄県の西表島で、津波で流された郵便ポストが発見されました。なんと南三陸町・歌津地区から流されていったポストです。どこをどう流れていったものやら、直線距離にして2,400kmの長旅です。多くの方のご尽力により、2013年の8月に無事ふるさとに帰って参りました。沖縄との不思議なご縁に共感した沖縄出身のグループBEGINが歌津でコンサートを開いてくれて、盛大にお祝いしてくれました。「おかえりポストくん」という音頭まで作っていただいて。

本社事務所から隣の空き地が見えます。震災前はセブンイレブンがあった場所です。
西表島に流れていったのは、セブンイレブンにあった郵便ポストです。

セブンイレブン前にあった郵便ポスト
西表島に流れついた郵便ポスト